スパリゾート海水

『ジョーカー』

観てる間ずっと緊張してしまった。R指定されるような映画を映画館で観たことがなかったので、映画館の大スクリーンでこの映画を強制的に観せられるとちょっとした拷問を受けているような気持ちになった。というかゴア描写自体は別にそんなにキツくないんだけど、アーサーの身の上と自分を重ねて暗い気持ちになるのがしんどかった。自分はNHKでよくやってる貧困高齢者のドキュメンタリーなんかにも未来の自分の姿を重ねて辛くなってしまう*1んだけど、この映画も無能なアーサーの不幸な生活に「現在の自分」「あり得たかもしれない自分」「未来の自分」を重ねながら観てしまってキツかった。BGMもガンガン煽ってくるので重苦しい気分になるし、「どこでプッツンするのかな?」ってハラハラした。この体験はきっと映画館ならではのもので、家で観てたら単に「胸糞悪いな〜」くらいにしか感じなかったかも。やっぱり映画館で観る映画はええのう。映画館で観てたら、『セッション』はより胸に迫ってきただろうし、全然ピンとこなかった『タクシードライバー』も何か心に響くものがあったかもしれない。

(序盤は特に)アーサーに感情移入しながら観てたので辛かったな。ジョーカーメイクをする辺りからはいくらか楽になるんだけど。

バットマンの映画は『ダークナイト』すら観たことがなかったけど、「バットマンは本名がブルース・ウェインで、金持ちで、父母を強盗に殺されている」という知識はあったので、バットマンに関するシーンの意味は理解できた。

この『ジョーカー』はあくまで単品映画ってことでいいのかな? これが何かのシリーズの前日譚だったりしてストーリーが繋がるみたいなことはないんだろうか? よく知らないけど、この映画はこの映画で独立してた方が美しいと思う。

ジョーカーに対して無差別快楽殺人者みたいなイメージがあったので*2、隣人のシングルマザーや同僚の小人のようないい人達まで殺してしまうんじゃないかとハラハラした。アレはやっぱりきっと、こうやってハラハラさせることを狙ったキャラクター配置だよね。小人がドアの鍵に手が届かなくて逃げられないくだりとか「あああああ……」ってなったもん。

ラストを喜劇映画風にカラッと締めるのが粋だな〜と思った。あれをスタンダードなアメコミ映画っぽく締めてたらだいぶ余韻が違ったと思う。あの締め方はイカす。

あと、「社会の落伍者が不幸に転落していく物語の結末が喜劇に転じる」ってのは、こないだ読んだ『人間失格』と一緒(似てる)じゃん! ってなった。『ジョーカー』と『人間失格』の筋書きは全く似てないし、アーサーと葉ちゃんも全く違う人物だけど、東で70年前に書かれた小説を読んで、西で撮られた最新映画のオチに既視感を覚えるという体験がちょっと面白かった。どちらも同じく「道化」がキーワードになってるし……。「悲劇と喜劇は紙一重」というのは古今東西を問わず、定番のテーマなのかもねえ。

人間失格』のラストで「今の自分には幸福も不幸もありません」とあったけど、ジョーカーと化したアーサーはまさに「幸福も不幸もない」状態に至ったのかなと思う。

あと、社会の底辺にいる主人公(アーサー、ロールシャッハ)と、社会的地位の高い敵(ウェイン市長、オジマンディアス)を対比させる構図に『ウォッチメン』を想起したり。まあこれは『ウォッチメン』が『バットマン』などの既存のアメコミから着想を得たのが先なんじゃないかな……*3

「この創作物は現実に悪影響を与える恐れがある」みたいなことは軽々しく言ってはいけないと思うけど、『ジョーカー』にはアーサーのような境遇にある人がギリギリで押し止めていた犯罪トリガーを引いてしまいそうな迫真力を感じてしまった。

映画館を出た後は「(ゴッサムシティから)現代日本に戻ってこられて良かった……」という気持ちになった。帰りに乗った電車が本当に明るくて綺麗で治安が良く感じて、社会に守られてるような気持ちになった。

いい映画だったけど、ヒーローがドカーンと活躍してスカッとする陽のアメコミ映画が恋しくなったな……。シャザム続編来て……。

いい映画だったのでツイ禁期間が終わって「ジョーカー」でフォロー内検索するのが楽しみ。

あ、ブログ投稿してから思い出したけど、アーサーのギャグがスベるシーンで後ろの席の人がフフッと笑ってて、ずっと緊張しながら観ていた自分は「笑うか!? この映画で!?」ってビックリした。

*1:だからすぐ消す

*2:実際どうなのかは知らん

*3:事情をよく知らないので適当を言っている